SL銀河 蒸気機関車を見に行く [花巻市]
27日(土)花巻市にSL銀河 蒸気機関車を見に行ってきた。
一度引退し盛岡市の運動公園に保管されていたC58型を
再整備して2014年から花巻~釜石間で運行してきたが
機関車の老朽化に伴い、間もなく引退し運行終了となる。
最後の雄姿を見に出かけた訳である。
撮影場所を運航時刻の約1時間半ほど前から探し回り、あまり
人の居ない場所を確保したが撮影した写真は残念なもの。
素人写真はこんなものと諦め、証拠写真としてアップします。
実はもう1台は動画撮影していて1人2役は難しかった。
動画をPCに取り込むのも四苦八苦、以前は簡単に取り込めて
いたはずなのに、2日がかりの作業となりました。
PCの少し大きい画面で楽しんでいます。
一度引退し盛岡市の運動公園に保管されていたC58型を
再整備して2014年から花巻~釜石間で運行してきたが
機関車の老朽化に伴い、間もなく引退し運行終了となる。
最後の雄姿を見に出かけた訳である。
撮影場所を運航時刻の約1時間半ほど前から探し回り、あまり
人の居ない場所を確保したが撮影した写真は残念なもの。
素人写真はこんなものと諦め、証拠写真としてアップします。
実はもう1台は動画撮影していて1人2役は難しかった。
動画をPCに取り込むのも四苦八苦、以前は簡単に取り込めて
いたはずなのに、2日がかりの作業となりました。
PCの少し大きい画面で楽しんでいます。
2023-05-29 16:22
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高村光太郎 高村山荘へ [花巻市]
昨日、イグネを見た後『高村山荘』に向かった。
高村光太郎が戦後昭和20年から27年まで7年間過ごした
住居である。
住居と言っても作業小屋を移築したような粗末な小屋である。
高村光太郎は彫刻家で詩人として有名だが、今どきの若い人
たちにはなじみが無いかも知れない。
詩集「智恵子抄」「道程」や十和田湖の「乙女の像」の彫刻家
と並べば少しは思い出すかもしれない。
東京出身の光太郎が何故花巻に住んだか、説明が長くなるので
ここでは書かない。
兎に角戦後の食糧難の時期に独居自炊の生活をしたのである。
住居は2重の防護の覆い堂のように囲われているのでいかにも
立派に見えるが、モノクロ写真を見てほしい。
夏の暑さ、冬の寒さ、どれほど厳しく辛いものだったか容易に
想像できる。
どうぞ岩手に旅行した際は、花巻市の宮沢賢治関連施設と共に
「高村山荘」も立ち寄って頂けたら、と思います。
散策路
散策路沿いに咲く山野草 ホウチャクソウ
智恵子展望台
展望台からの眺望
高村山荘
高村光太郎が戦後昭和20年から27年まで7年間過ごした
住居である。
住居と言っても作業小屋を移築したような粗末な小屋である。
高村光太郎は彫刻家で詩人として有名だが、今どきの若い人
たちにはなじみが無いかも知れない。
詩集「智恵子抄」「道程」や十和田湖の「乙女の像」の彫刻家
と並べば少しは思い出すかもしれない。
東京出身の光太郎が何故花巻に住んだか、説明が長くなるので
ここでは書かない。
兎に角戦後の食糧難の時期に独居自炊の生活をしたのである。
住居は2重の防護の覆い堂のように囲われているのでいかにも
立派に見えるが、モノクロ写真を見てほしい。
夏の暑さ、冬の寒さ、どれほど厳しく辛いものだったか容易に
想像できる。
どうぞ岩手に旅行した際は、花巻市の宮沢賢治関連施設と共に
「高村山荘」も立ち寄って頂けたら、と思います。
散策路
散策路沿いに咲く山野草 ホウチャクソウ
智恵子展望台
展望台からの眺望
高村山荘
宮沢賢治の故郷 花巻円万寺のイグネの絶景 [花巻市]
連れ合いが花巻の円万寺に行こうと言い出し、天気もいいし
出かけることにした。
盛岡から南に約35㎞、東北自動車道を利用すれば近いが
それくらいの距離ならいつも一般道を走る。
今回も一般道で自宅から約1時間程度走り無事現地到着。
田植えの時期が近いことから田んぼの水張が行われていて
その風景の見事なこと。
因みに『イグネ』とは屋敷林、家屋を風雨風雪から防護する
樹木である。
これだけのイグネ風景を見られる場所はなかなか無い
季節ごとに変化する風景が見られるし、今回は水に浮かぶ島々
を思わせる絶景だ。
なお同じような写真が続きます、ご勘弁!
(BS103NHKこころ旅で火野正平さんも訪れた場所です)
それではどうぞご覧あれ!
出かけることにした。
盛岡から南に約35㎞、東北自動車道を利用すれば近いが
それくらいの距離ならいつも一般道を走る。
今回も一般道で自宅から約1時間程度走り無事現地到着。
田植えの時期が近いことから田んぼの水張が行われていて
その風景の見事なこと。
因みに『イグネ』とは屋敷林、家屋を風雨風雪から防護する
樹木である。
これだけのイグネ風景を見られる場所はなかなか無い
季節ごとに変化する風景が見られるし、今回は水に浮かぶ島々
を思わせる絶景だ。
なお同じような写真が続きます、ご勘弁!
(BS103NHKこころ旅で火野正平さんも訪れた場所です)
それではどうぞご覧あれ!
花巻バラ園その1 [花巻市]
撮影日:2020年6月19日
花巻温泉のバラ園に行ってきました。
生憎の曇り、しかも時々雨のパラつく空模様でした。
しかし、5000坪の敷地に約450種6000株がほぼ満開で咲く様は
圧倒的な美しさで、しかも良い香りに包まれ大満足でした。
残念ながらカメラも腕も貧弱なため、その様子を画像に写し込むことは
困難でしたが、豪華絢爛な様子が少しでも伝われば幸いです。
続く
花巻温泉のバラ園に行ってきました。
生憎の曇り、しかも時々雨のパラつく空模様でした。
しかし、5000坪の敷地に約450種6000株がほぼ満開で咲く様は
圧倒的な美しさで、しかも良い香りに包まれ大満足でした。
残念ながらカメラも腕も貧弱なため、その様子を画像に写し込むことは
困難でしたが、豪華絢爛な様子が少しでも伝われば幸いです。
続く
2020-06-20 17:03
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カエル探し [花巻市]
7月20日(土)にユリの群落が見られる場所があることを知り、花巻市に出かけた。
しか~し、最盛期は既に過ぎていてユリは殆ど枯れている状態だった・・・。
当日最大の目的が早々に失われ、茫然自失の状態(←ちょっと大袈裟)
さて、どうしたものかと思案に暮れるが、地図を頼りに少し足を延ばせばそれなりの
景勝地もあり、何やかやと楽しめたのであった。
地図に乗る神社や景勝地をたどる際に撮った写真。
帰ってからパソコンでよくよく見ると、小さなカエルが写っているのが判明した。
だからどうしたん? と言われるとグーの音も出ないのだが、カエルを意識して撮った
のは6枚中1枚だけ、その他の3枚は偶然写っていたものでした。
それだけのつまんな~い話ですが、暇潰しに4枚に写るカエルを探してみてください。
小っちゃいよ~。
はい!お疲れ様!!
お詫びのしるしに偶然見つけた景勝地を紹介しますね。
猛暑が続く毎日ですが、ここ盛岡では東北の夏祭りのトップをきって今日から4日まで
『盛岡さんさ踊り』開幕です。
藩政時代から受け継がれる伝統の太鼓と踊り。
総勢3万人超の壮大なパレードと大群舞。
心躍る太鼓の響きと流れるような踊りの迫力。
どうぞ『盛岡さんさ踊り』に おでんせ!!
しか~し、最盛期は既に過ぎていてユリは殆ど枯れている状態だった・・・。
当日最大の目的が早々に失われ、茫然自失の状態(←ちょっと大袈裟)
さて、どうしたものかと思案に暮れるが、地図を頼りに少し足を延ばせばそれなりの
景勝地もあり、何やかやと楽しめたのであった。
地図に乗る神社や景勝地をたどる際に撮った写真。
帰ってからパソコンでよくよく見ると、小さなカエルが写っているのが判明した。
だからどうしたん? と言われるとグーの音も出ないのだが、カエルを意識して撮った
のは6枚中1枚だけ、その他の3枚は偶然写っていたものでした。
それだけのつまんな~い話ですが、暇潰しに4枚に写るカエルを探してみてください。
小っちゃいよ~。
はい!お疲れ様!!
お詫びのしるしに偶然見つけた景勝地を紹介しますね。
猛暑が続く毎日ですが、ここ盛岡では東北の夏祭りのトップをきって今日から4日まで
『盛岡さんさ踊り』開幕です。
藩政時代から受け継がれる伝統の太鼓と踊り。
総勢3万人超の壮大なパレードと大群舞。
心躍る太鼓の響きと流れるような踊りの迫力。
どうぞ『盛岡さんさ踊り』に おでんせ!!
馬づら電車に逢いに行く [花巻市]
4月6日(土)に、花巻市の花巻電鉄旧車両の「馬づら電車」を見に行ってきた。
大正初期に、花巻駅と点在する温泉地を結ぶ当時東北初の電鉄。
湯治客や、朝夕の通勤通学客で多くの人々に利用され親しまれた。
県道の一部を借用する都合上、車両幅は最大1.6mだったので、両側の座席に座ると
お互いの膝が触れ合うほどの狭さだったそう。
前から見ると細長いことから「馬づら電車」の愛称が。
終戦間際疎開していた、かの高村光太郎も日用品の買い出しなどの際に利用したそうです。
その後昭和47年に廃止となりました。
現存する車両はこの一両だけと、在りし日の姿を伝える貴重な文化遺産です。
ここ材木町公園には、1928年(昭和3年)に建てられた旧花巻町役場(移築)が花巻市民の家
として利用されている。
総ヒノキ造り2階建ての、懐かしさを感じさせるとても素敵な建物。
室内から見かけた瓦に止まるスズメさんが、可愛かった。
ここを皮切りに花巻市内や、北上市を歩き回るのですがそれは次回に。
大正初期に、花巻駅と点在する温泉地を結ぶ当時東北初の電鉄。
湯治客や、朝夕の通勤通学客で多くの人々に利用され親しまれた。
県道の一部を借用する都合上、車両幅は最大1.6mだったので、両側の座席に座ると
お互いの膝が触れ合うほどの狭さだったそう。
前から見ると細長いことから「馬づら電車」の愛称が。
終戦間際疎開していた、かの高村光太郎も日用品の買い出しなどの際に利用したそうです。
その後昭和47年に廃止となりました。
現存する車両はこの一両だけと、在りし日の姿を伝える貴重な文化遺産です。
ここ材木町公園には、1928年(昭和3年)に建てられた旧花巻町役場(移築)が花巻市民の家
として利用されている。
総ヒノキ造り2階建ての、懐かしさを感じさせるとても素敵な建物。
室内から見かけた瓦に止まるスズメさんが、可愛かった。
ここを皮切りに花巻市内や、北上市を歩き回るのですがそれは次回に。